
長野県千曲市にある「姨捨の棚田(おばすてのたなだ)」は、日本の原風景ともいえる美しい段々畑です。四季折々の表情を見せるこの棚田は、まるで自然と人が共に織りなすアートのよう。特に、田に水が張られる5月の光景は圧巻です。朝日や夕日が水面に映り込み、まるで鏡のように空を映すその様子は、訪れる人々の心を静かに揺さぶります。
姨捨の棚田は、かつては農業のための暮らしの場でした。しかし近年では、高齢化や後継者不足の影響で耕作放棄地も増えつつあります。そんな中、地域の人々やボランティア団体が手を取り合い、棚田の保全に取り組んでいます。持続可能な農業の実践や、田植え体験、草刈りイベントなどを通じて、都市部の人々とも交流しながら、昔ながらの景観と営みを未来につなげる努力が続けられています。

姨捨の名前は、古くからの伝説にも登場し、「信州の月の名所」としても知られています。俳人・松尾芭蕉もこの地を訪れ、月と棚田を詠んだ句を残しました。文化と自然が調和したこの場所は、単なる観光地ではなく、地域の歴史と人の営みが息づく「生きた遺産」なのです。
棚田の維持には、多くの手間と時間がかかります。ですが、その手間こそが風景をつくり、地域の誇りを支えているのです。気候変動や自然災害が増える中で、こうした伝統的な農法や風景を守ることは、環境保全の視点からも大きな意味を持ちます。

今、私たちにできることは、この美しい風景を「知る」こと、そして「関心を持つ」ことから始まります。旅先として訪れるのも良いでしょう。あるいは、棚田オーナー制度などを通じて関わることもできます。姨捨の棚田は、未来の世代に受け継いでいきたい、かけがえのない地域の宝物なのです。